2012年6月11日(月)MOOSIC LAB 2012『加地等がいた−僕の歌を聴いとくれ−』+前野健太トーク&ミニライブ@シネマスコーレ

加地等の歌は歌だけで、映画とかはもういいかなと思っていた。なんとなく観ても感傷的な気分になるだけだろうなと思っていたから。でも三日ほど前に上映後の前野健太トーク&ミニライブが急遽決まって、それなら、というそれだけの理由で観に行ってみた。

映画『加地等がいた−僕の歌を聴いとくれ−』

冒頭、女の人のナレーションに乗せて振り返る加地等の半生。バックには加地等の「これで終わりにしたい」が流れていて、そっちの歌詞ばかり追ってしまって全然頭に入ってこない。ライブのシーンでは加地等の歌う顔を食い入るように見入ってしまい、今度は歌詞が飛んだ。そういえば映像とはいえ、歌う加地等を見るのはこれが初めてかもしれない。
東京の加地等宅に行ってインタビューするシーンが凄絶だった。三畳半。家賃二万三千五百円。窓にはカーテンもなく、アルミホイルが無造作に貼られていた。当然陽はまともに入ってこず、真っ昼間だというのに電気を点ける。散らかっている、というほどにもなにも物がない部屋。最初に映された埃だらけになった扇風機が印象的だった。ほとんど空っぽの冷蔵庫から出す缶ビール。床に落ちた睡眠薬と安定剤。ろれつの回ってない加地等の言葉にはテロップが付いていた。加地等は大阪から東京へ出てきて、この部屋でどんな暮らしをしていたのだろう?想像したくもない。けど、そうもいかない惨状だった。
その一方で、ケバブレコードの岡敬士の存在にはちょっと救われた気がします。この人は本当に加地等のことが好きだったんだろうな。一度ケバブレコードで加地等の作品を通販したことがあるのだけど、手書きのメッセージや猫のイラストが添えられていて、買ってもらえてうれしいという気持ちがすごく伝わってきた。二人が初めて出会った頃、岡敬士の自宅に遊びに来た加地等を母親に不審がられ、それから仲良くなったというエピソードがおもしろかったです。加地等とのエピソードを語る岡敬士は、やはりすごくれしそうだった。しかし2009年の時点で23歳。こんなに若い人だったとは思いませんでした。
お金が尽き、地元大阪に引っ込んでしまった加地等を追って大阪へ。パンパンに膨れ上がったひどい顔。それもそのはず、肝臓の数値はよくないという。それでも昼間から次々と飲むビールにチューハイ。どんどん目が据わっていって恐かった。この先の結末を知らずとも、「これは死ぬな」と思わせるような飲みっぷり。そんな中で、ポツリと話し出した加地等の言葉がこの映画の中で一番印象に残っています。「行き着くところは、小さい家でもいいから、女房と二人慎ましく暮らす」。そんな願望とは真逆の、破滅的で破綻した生活を送ってしまったのはなぜなのか。加地等の歌に見え隠れする悲しさはそこから来てるのではないかと思いました。


映画か終わった後はスコーレの坪井さんと前野さんによるトークショー。前野さんからは映画の中では語られなかったような加地さんの人柄を聞けました。すごく、しかも変にこだわりのある人で、たとえば漫画喫茶はマンボウじゃないとダメ。高円寺にはマンボウがないらしく、深夜、寝床を確保するためにタクシーでマンボウのある新宿まで出る、なんてこともあったとか。前野さん曰く、タクシー代とマンボウ代でホテルに泊まれる(笑)。コンビニのおでんはセブンイレブンじゃないとダメで、前野さんの家に泊まった時は最寄のローソンでなく、10分くらい歩いてセブンイレブンまでおでんを買いに行ったりしたらしいです。言ってみれば(悪く言えば)“めんどくさい人”で、段々と疎遠になり、ライブの誘いも断ったりして、そのまま加地さんは亡くなってしまった、と。要所要所で前野さんが言った「死なないとやさしくできない」という言葉は、今でも心に重くのしかかっている。

前野健太

1. チンカス(加地等)
2. どうせ叶わぬ恋だから(加地等)
3. 僕はバカです(加地等)
4. ナナナ名古屋の喫茶店(新曲→ボツ)
5. 青い部屋
6. sad song(歌詞飛んで途中まで)
7. あんな夏
8. このからだ
9. 天気予報


Encore
10. 東京の空(照明Off)


Double Encore
11. 18の夏


坪井さんの進行でライブへ移行。慣れないセッティングに戸惑う支配人に「どうせ支配人にも後で歌ってもらうし」とけしかける前野さん。照れながらもうれしそうな支配人(笑)。「一度空気を変えます」と一旦引っ込む前野さんにこだわりを感じる。出て行くときにボソリと「トイレ」とつぶやいていたけど(笑)。
さて、本編。先のトークショーの中での前野さんの言葉、「死なないとやさしくできない」。「それでものこのことこんな場(トークショー)に出てくるのは、やっぱり加地さんの歌が素晴らしいから」と、前野さんはその後に続けて言いました。それを証明するように、ただそれだけを証明するように、加地さんの歌を3曲。加地さんの歌は切実だ。それは前野さんの歌にも通じるものがあると思う。隠さないところとカッコつけるところのバランスが似ているのかもしれないな。前野さんの歌を聴きながらそう思った。ギターは吠えていた。
前日は名古屋クアトロで曽我部恵一BANDとの対バン。でも持ち時間が短く、5曲しか歌えなかったとのこと。「そりゃあ今夜は歌いたいですよ」と言ったり、「でもHPには3曲ぐらいって書いてあったし」と言ってみたり。でもなんだかずっとうれしそうな前野さん。そこで坪井さんが「ここまでが第一部、ここからが第二部になると思います!」と体裁を整えてくれました。坪井さん、グッジョブ。気をよくしたのか、せっかくだからと歌ってくれたこの日できたという新曲「ナナナ名古屋の喫茶店」は歌い終えた後で即ボツに。二度と歌わないと前野さん(笑)。“ナナナポリタン 真っ赤に染まった唇 恋をしたのかな”みたいな歌詞はいいなと思ったのでせっかくだからどこかで生かしてほしい。「青い部屋」は加地さんがいいと言ってくれた曲だそうです。“夜が散り散り カラスになって”とか、そういう詩情的な歌詞を加地さんは気に入ったんじゃないかな、とか思ったりした。ここでも「あんまりやっちゃダメだから」と終わりかけるも、ずるずるとなし崩し的にリクエストコーナーへ。
最初に「sad song」と声を上げたのはいっしょに観に行った兄。「700円だけどいい?」と前野さん、「1000円でもいいです」と兄(笑)。最終的に「いいリクエストかもしんない」と言って歌ってくれたのだけど、残念ながら途中で歌詞が飛んでしまい、中断してしまいました。兄に「歌詞教えてくれませんか?」と問いかける前野さんがおもしろかったです。しかしこうもすんなりとリクエストが通るのはめずらしいのでは?続いて、「次は梅雨と夏の間の歌を」と聞いてピンときた。「あんな夏」。実はこの曲は前野さんのライブの度にリクエストしていて、今までにもう4,5回はリクエストしたのだけど1度もやってくれてなく。この日もリクエストしようかと思っていたところだったので、もうそれだけでグッときてしまった。応えてくれるまでリクエストし続けようと思っていたのでうれしかったです。…自分でリクエストしたわけじゃないけど(笑)。というわけで「あんな夏」でテンション上がってしまい、「あんな夏」をやってもらえたら次にリクエストしようと思っていた「このからだ」を調子に乗ってリクエスト。加地等の映画の後というこのタイミングにも、この曲が聴きたいとなんとなく思ったんです。めったにリクエストに応えてくれない前野さんなので期待してなかったけど、なんだかんだと渋りつつ、なんとこれも「いいリクエストかも」と歌ってくれました。こんなにもリクエストが通るのは本当にめずらしい。いつか歌ってほしいとずっと心待ちにしてた2曲が一晩で叶ってしまった。よほど機嫌がよかったのかな。「このからだ」はやっぱりすごくいい曲。またどこかで聴けたらいいなと思う。最後は元々ラストに用意していたという「天気予報」。ひとりだからなのか映画の後だからなのか、叙情的に歌う「天気予報」は梅雨時の、月曜の夜のスコーレにしっとりと響いた。
もちろん拍手は止まず、アンコール。最早ミニライブとは言えないボリュームだったけど、その場に居合わせた者としてはうれしい限り。照明を落とすように指示して、前野さんは歌い始める前にポツリと「加地さんと出会った東京の歌です」と言った。真っ暗な中での「東京の空」。映写室から漏れるわずかな光が前野さんの影をスクリーンに映し出して、歌もギターもすごく色っぽかったです。ラストにふさわしい素晴らしい演奏だっただけに、その後のアンコールを求める拍手にはちょっと躊躇してしまった。前野さんも「これは終わりでしょう」と言っていたところに「前野さん、スコーレでワンマンやりましょう!」と割って入る坪井さん。「え?」という感じだった前野さんも坪井さんの熱意に押されたのか、即「やりましょう!」と。このライブ感…!「もう今日から予約始めちゃいましょう」なんて冗談めいて言っていたけど、本当に予約できるなら日にちが決まってなくても予約してしまいたい気分でした。前野さんも沸き上がるスコーレに応えるように「こんなに歌ってもまだ歌いたいなんて狂ってますよね」と、最後の最後に「18の夏」を歌ってくれました。映画からトーク、ライブ、そしてアンコールと、じわじわと、しかも後半加速度的に高揚してきたせいもあると思うけど、今まで聴いた「18の夏」の中でもベストかと思えるほどの熱唱。前野さんとスコーレはすごく相性がいいんだと思う。支配人、坪井さん、客席との距離感や音響。きっと前野さんもスコーレのことが好きなんじゃないかな。次回のワンマンがほんとにたのしみです。




スコーレを出て、「死なないとやさしくできない」という前野さんの言葉をまた思い出した。映画に出てきた加地さんの好きなビールの銘柄や、前野さんの話してくれた加地さんの変なこだわりのこと、そういうことはすぐにでも忘れてしまうのかもしれない。いろいろと思うところはあるけど、外に設置された物販でまだ持ってなかった加地さんのCD-Rを3枚買った。スコーレの前でたまたま居合わせた友だちと、加地さんのことや前野さんのことを話した。必要以上には感傷的になりたくない。でもひとつずつでも、少しずつでも、自分にとって大切なものをすくい取っていけたらなと、この日はそう思いました。